【ブラきたの】「火星よりも遠い地」に行ってきました
塾は土曜・日曜・月曜と3連休です。
今年度の3連休は、正月休みをのぞいて今回が最後となります。
昨日は、息子が高校説明会、娘が陸上ということで4人が揃うことがないので、私も遠いところに行くことにしました。
日・月は妻が仕事なので、土は家でゆっくりするということでしたから、私1人で行ってきました。
目的地はこちら
↓↓↓
1箇所目
2箇所目
この写真だけ見てわかる方は、北海道通ですね!!
写真の中に目的が写っています。
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1箇所目は、日高地方の様似町です。
もう一度写真に目的を書き込みますね。
それぞれが火山地形なのです。
昨日は、中1理科「大地」の学習をしに午前中は様似町を訪れたのです。
様似町は、あのユネスコから「アポイ岳ジオパーク」として認定されています。
その理由は、目的①「アポイ岳のかんらん岩」にあります。
まずは、アポイ岳ジオパークビジターセンターに行きました。
日高山脈の誕生とアポイ岳「幌満かんらん岩体」
日高山脈は4400万年前にユーラシアプレートと北アメリカプレートの衝突によって誕生しました。
ヒマラヤ山脈と同じ形成過程を辿るわけです。
そして、1300万年前に東側の北アメリカプレートがめくり上がったのです。
その時に、普段は決して私たちが触れることのできない地球内部の「マントル」が地上に出現したのです。
それが、アポイ岳とその周辺部であり、その岩石を「かんらん岩」というのです。
図解すると下記の通りです。
普段は厚さ30kmの地殻の下に存在するマントル(かんらん岩)が、ほぼ原型のまま地上で見ることができるのです。
かんらん岩自体は、火山の際にマグマと一緒に地表に出現することがよくあるようですが、南北10km東西7kmという巨大なかんらん岩体を、新鮮な状態で見られるのは、世界的にも非常に珍しいとのことでした。
とある場所にあった案内板を見ると
「火星より遠いアポイのかんらん岩」
そのように書かれていました。
確かに、マントルを実際に手にすることはできないですね。納得!
かんらん岩体に実際に行ってみると…
ビジターセンターの方に、「かんらん岩」を実際に見ることはできるのかを尋ねたら、「幌満川を上流に向かうと、普通に見ることができる」とのことでした。
そこで、実際に行ってみました。
すると…
これは、幌満川第二発電所付近にあった岩です。
エメラルドグリーンに見える部分がかんらん岩です!
この付近の川沿に降りてみました。
この付近に転がっている石が、普通にエメラルドグリーンのかんらん岩でした。
写真ではわかりにくいですが、川の色もなんとなく緑色でした。
案内された地点は、さらに上流です。
こんな道を走り続けます。
下の方は100メートルの深さの断崖絶壁です。
これほど山奥に来ると心配なのが、ヒグマの出現です。
実際に行ってみて、「かんらん岩と命のどちらを優先する?」と自問自答していました苦笑
ドライブ感覚の軽装でやってきたので、今回は引き返すことにしました。
帰りに道路沿いの岩肌を見ると
エメラルドグリーンですね!
私はこれで十分満足しました。
エンルム岬の板状節理
様似町に入ると、港の先にある陸繋島が目に入ります。
これは、エンルム岬と呼ばれ、江ノ島や函館山と同じ地形です。
歴史好きの方にとっては、様似と言えば江戸時代後期に建立された「等澍院」を思い起こされる方もいらっしゃるのではないでしょうか。
1792年にラクスマンが根室を訪れたように、江戸時代中後期の蝦夷地はロシアからの脅威に晒されます。
蝦夷地東方統治の重要性が増すのです。
そこで幕府は、1799年現在の様似町に「シャマニ会所」を設置します。
松前と根室の中間地点に位置し、「エンルム岬」による天然の良港が存在したためです。
幕府は1802年に蝦夷地を直轄領とし、1804年に蝦夷三官寺を置きます。
有珠の善光寺、厚岸の国泰寺、そして様似の等澍院です。
様似は、江戸時代から栄えた歴史ある街なのです。
ちなみに、私は蝦夷三官寺を大学生の頃に回りました。
今回はその目的ではないので、等澍院は素通りです。
様似の発展の原点はエンルム岬にあり
そう言っても過言ではないでしょう。
エンルム岬を近くで見る
さて国道からエンルム岬方面に入ります。
陸繋島に向かう途中にこんなものがありました。
「シャマニ会所跡」ですね。
それを過ぎると上り坂が現れて、駐車場に到着です。
階段の上に登れば、さぞかし絶景が広がるのでしょう!
しかし、カラスがたくさんいることと、階段の途中に蜂がたくさんいたので諦めました。
駐車場からの眺望はこんな感じ↓↓↓
これでも十分に楽しむことができますね。
岬の横を見てみると、この地形の成り立ちに触れることができますよ。
切り立った崖ですね。
近くで見ると、こんな感じです。
板状節理がみられます。
この節理はマグマが冷えて固まったことによってできあがります。
節理といえば、北海道では層雲峡の柱状節理が有名ですが、あちらの節理は「溶結凝灰岩」と言って、高温の火砕流によって火山噴出物が一度溶けてから冷えて固まったものなので、マグマや溶岩由来のものではありません。
エンルム岬の出現過程
様似には、エンルム岬の他、親子岩という似たような地形もあります。
この風光明媚な地形はどのようにしてできたのでしょうか?
まず、地下深くの地層の割れ目にマグマが入り込みます。
その後、この地域が隆起することによって、周辺の海底が侵食されます。
その際、マグマ由来の火成岩は硬いので浸食されずに残ります。
これが、エンルム岬の地形の由来です。
ちなみに、エンルム岬の火成岩の種類を調べてみると「ひん岩」と書かれていました。
マグマが急に冷え固まってできた「火山岩」と、ゆっくり冷え固まってできた「深成岩」の中間に当たるもののようです。
そして、エンルム岬の火成岩の岩質は、「石英」「長石」由来の白っぽいものが多いようです。
「流紋岩」と「花コウ岩」の中間みたいなものなのでしょうかね??
この直前の3行に出てきた言葉は、中学理科で学習するものですよ。
中学生のみなさん、お話について来られましたか???
日高耶馬溪の花こう岩を見に行く
最後に国道沿いに存在する断崖絶壁を見に行きました。
通称「日高耶馬溪」
昔から東西を行き来する際の通行の障害になっていたようです。
今は、トンネルと覆道で通過していますが、工事するのに多大な労力が必要でしょう。
途中で車を止めて、海岸沿いを歩きます。
あぁ、恐ろしや…
小走りで通過しました。
すると、目的地が見えてきました。
「大正トンネル」と呼ばれる素掘りの旧トンネルがあります。
旧道好きの人にはたまらない光景ですが、今回はそちらの方面のお話ではありません。
写真に写っている茶褐色の岩石に、白い岩石が入り込んでいるのが見えるでしょうか?
もう一度加工した写真を載せます。
白い岩といえば、「花こう岩」ですね。
周りの茶褐色の岩石の中にマグマが入り込んで、ゆっくり冷えて固まったものだそうです。
ちなみに、周りの茶褐色の岩石は「片麻岩」と言って、「変成岩」の一種だそうです。
「変成岩」とは??
これは中学理科では学習しないですね。
中学理科で覚える岩石の種類は
「堆積岩」〜海底に積もってできた土壌が固まってできた岩
「火成岩」〜マグマや溶岩が冷え固まってできた岩
この2種類ですが、3種類目の分類が「変成岩」です。
「変成岩」〜「堆積岩」「火成岩」を問わず、地圧や温度の変成作用によってできた岩
日高山脈に限らず、日本列島自体がプレートの移動による圧力を大きく受けていますから、各地で「変成岩」が見られるのでしょう。
中学理科で学習する「堆積岩」と「火成岩」が地学にとっては、ほんの入門の知識に過ぎないことを感じます。
私自身、最近色々と調べているのですが、いつも頭の中に「??」が飛び交っています。
もう一度大学生になれるなら、地質を勉強したいです。
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様似町は、ジオパークなだけあって、町全体が火山地形のような場所でした。
午前中は大変楽しませていただきました。
午後は、別のところに移動します。
長くなるので、前編はここまで!