塾長のOFFネタ

平泉・新幹線旅行 1日目

オフネタです。

日曜日と月曜日の午前中で

平泉と東京を巡ってきました。

何とも慌ただしい旅行ですが苦笑

息子と私だけ月曜日の昼に帰宅し

妻と娘は水曜日の午前中に帰ってきました。

中尊寺金色堂を見たかった

日曜日のブログでも書きましたが

私は東北地方を旅行したことがありません。

高校時代の修学旅行で

初めて青函トンネルを通って

青森駅に降り立ちましたが

その後すぐに寝台列車にのって大阪に向かいました。

よって

いつかは東北地方を巡りたいなぁ

できれば新幹線で訪れることのできる中尊寺がいいなぁと思っていたのです。

平安時代末期

奥州藤原氏が岩手県平泉の地で東北地方を治めました。

ふんだんに採れた金や交易によって

奥州藤原氏の初代から3代にかけて繁栄しました。

その象徴ともいうものが中尊寺金色堂です。

その後、4代目藤原泰衡が

鎌倉幕府を開いた源頼朝によって攻撃され

その攻撃から逃亡していた最中

配下の裏切りに遭い無念の最期を遂げました。

金色堂の中には初代から3代までのミイラと

4代の首級が納められています。

4/16日曜日 午前7:50新千歳発花巻行き

小型ジェット機は強風に煽られ

大きく揺れながら飛行を続けました。

小型機に乗り慣れていない私は

かなり体力を消耗してしまいました汗

その後JRで平泉に移動

駅からはタクシーに乗って金色堂の近くまで行きました。

新緑の里山の風景の中を歩いたら

見えてきました!!

教科書で何度も見たことのある建物です。

桜吹雪に包まれながら散策しました。

この建物の中に金色堂が保存されています。

当然撮影禁止です。

何度か修復を重ねながら現代に残されています。

奥州藤原氏の初代藤原清衡が

東北地方の平和を願って建立した金色堂

煌びやかな金色に包まれており

館内は眩しいほどに光り輝いていました。

金色堂から帰路のバス停までの道のりは

山道の散策です。

芭蕉は1689年6月29日に金色堂を訪れています。

「夏草や兵どもが夢の跡」

「五月雨の降残してや光堂」

日頃きたのっ子たちに教えている歴史的人物を

間近で感じることができ感激でした。

北上川の蛇行する景色がいい眺めです。

新幹線で東京に移動

鉄道オタクの私と息子にとっては

新幹線は移動の手段というよりも

目的そのものです苦笑

今回は

一ノ関駅から乗車し

2時間半かけて東京に向かいました。

午前中の飛行機の揺れにやられ

若干ぐったりしていたのですが

途中

時速320キロの最高速度を体感しながら

テンションが回復してきました。

一方

隣に座った娘は徐々に退屈モードに…

なぞなぞをしたり

私のiPadのタイピングソフトで遊んだりしながら

楽しく東京に向かうことができました。

到着時の東京は24℃

夕立が降っていました。

東京駅ではいろいろな新幹線の発着を見ることができ

私と息子のテンションはマックス状態!!!

初日のスケジュールは

妻が私と息子のために組んでくれました。

歴史と新幹線を満喫できて

最高の旅行になりました。

夜は品川に宿をとり

妻の親友ご家族と食事をしました。

中1の息子くんは小4の時に塾生でした。

元気な姿を見ることができて安心しました。

1日目は長くなりました。

改めて2日目を記載します。

ご興味のある方はご覧ください汗

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